巌流島は宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地と知られています。
博多観光のついでに、ちょっと電車で遠出をして巌流島へと行ってきましたので、
記録を残しました。
博多から門司港経由での巌流島アクセス
博多市内から巌流島へのルートは、陸路と海路を利用します。
- 博多から鉄道で門司港あるいは下関港まで行く
- 門司港あるいは下関港からフェリーで巌流島に渡る
上記2ルートです。
下関駅から唐戸の船着き場までは距離があるので、最短ルートで行きたければ門司港ルートがいいです。
※2022年現在、門司港→巌流島ルートは休日のみの運行です。
博多からJR在来線を利用して門司港まで走るのですが、普通や快速でも1時間半程度で到着します。18きっぷも使えますよ。
特急列車も走っていますが、小倉で止まることも多いので注意が必要です。
レトロさが売りの門司港駅に到着すれば、巌流島は目と鼻の先です。
駅から桟橋までは、ほんの5分程度の距離です。
定期船は40分程度の間隔で出港しますので、待っている間、名物の焼きカレーで腹ごしらえをしたり、地ビールで喉を潤すのもいいでしょう。
わたせせいぞうギャラリーなんていうものにも出くわしました。
後から調べてみたのですが、同氏は北九州市出身だそうです。
巌流島島内めぐり
小さな船に揺られて10分程度すると、巌流島の北端に到着します。
桟橋からは、門司港と下関にアクセスできます。
船がなくなると、一晩置き去りにされるそうです。無人島なので注意が必要です。
人の代わりに、そこら中で子狸の姿が見られます。
桟橋から少し南下すると、佐々木巌流の名が刻まれた石碑が立っています。
巌流島の名前もそうですが、決闘に敗れた側の名前が優位に立っているのも興味深いですね。
巌流、すなわち佐々木小次郎が、地元の小倉藩召し抱えであったことが関係しているのでしょう。
現在の巌流島は下関の管轄です。いわく、巌流島奉行だとか。
石碑から更に南下すると、広場がありました。
広場というより原っぱですが、かつてはプロレスの興行があったり「決闘」にちなんだイベント会場として利用されていたようです。
島の東部にさしかかると、小高い丘の上に、武蔵と小次郎の像が立っています。
武蔵は飛び上がり木刀を振り下ろし、対する小次郎は長刀を手にこれを迎え撃つという、有名なシーンです。
宮本武蔵を題材とした小説は複数ありますが、この場面の描写は概ね似通っているようです。
私は中学生の時分、吉川英治氏の作品を読みましたが、二刀流で知られる武蔵が、刀一振りを携えて戦う局面が大半だったことを意外に感じていました。
しかも最終決戦では、小舟で船頭に譲り受けた櫂で作った木刀一本。
小次郎の敗因は、武蔵の遅刻に腹を立てて、冷静さを欠いたことと言われていますが、真剣を使わない武蔵にも苛立っていたのかもしれませんね。
像の台座には、羽生善治棋士が竜王戦に挑む際の手形が寄贈されていました。決闘の聖地ということで招かれたそうです。
丘の向こう側の海岸には、武蔵の小舟を模した舟が鎮座していました。
関門海峡の波の荒さを思うと、船路の半ばでひっくり返ってもおかしくないほどの代物です。
そしてここでも巌流島奉行下関市長。徹底しています。
海岸からは島の南端まで小道が続いていますが、さしたる見どころはありません。
ここまでたどり着くのに、のんびり歩いて片道15分から20分程度です。
対岸には三菱重工の造船所が見えました。
博多から巌流島。日帰り小旅行にちょうどよい距離である
私が今回、巌流島を訪問したのは、博多観光のついででした。
福岡県内で、どこか面白い場所がないか、地図を広げていたところ巌流島を見つけたのがきっかけで、それまでは巌流島が日本のどこにあるのか知りませんでした。
旅のいいところは、知識と経験が結びつくところです。知識と経験が合わさると、世界が広がります。
決して近場というわけではありませんが、在来線で2時間程度の距離ですので、博多に滞在する方は小旅行に出かけてみてはいかがでしょうか?
意外だったことは門司港駅周辺の観光資源の多さです。
個人的には巌流島よりも面白く、次回は門司港メインで訪れるのもいいかと思ったくらいです。
少し遠回りですが、帰りは下関経由で博多まで戻るのもいいでしょう。
巌流島から下関までも航路があるため、市場周辺を見て回ることができます。